2012年9月9日日曜日

本来あるべき姿

橋下氏は日本を「本来あるべき姿にしたい」という。"本来の姿は何か"について彼と議論しようとは思わない。
しかし「国(国家)」はテニス協会のようなある意味同好の士のような集まりではないし、NPO(会社なども同じだが)のように目的を一にする人々の集まりでもない。国家の構成要因(つまり我々"国民")は国や時代を自分で選んで生まれてくるわけではない。まあいわばこの地この時代にこの人々と暮らしているのはほんの偶然といえるわけだ。そう考えると国に「本来の姿」などというものが"そもそも"あるのか、という疑問が生じる。
確かに"日本人"としての他"国"の方々とは異なった特性を我々は持っているかもしれない。しかしそれはある時代の誰か(政権)が「こう」と決めたものではないだろう。この地に生きた人々の連めんたる歴史(つまり日々の暮らしの積み重ね)が自然と育んだもの以上ではない。

うーん、思いがけず肩肘の張った話になってしまった。
まあ要するに「橋下ごとき」に私の生き方をどうこう言ってほしくない、というだけのことなんだが。

0 件のコメント: